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東京高等裁判所 平成12年(行コ)29号 判決 2000年11月14日

控訴人

控訴人

控訴人

右三名訴訟代理人弁護士

鳥飼重和

西垣泰三

多田郁夫

森山満

遠藤幸子

村瀬孝子

今坂雅彦

橋本浩史

吉田良夫

被控訴人

目黒税務署長 千野武

右指定代理人

熊谷明彦

笹崎好一郎

高木優

上賢清

口頭弁論終結日

平成一二年九月二八日

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、控訴人甲に対し、平成七年六月三〇日付けでした。平成五年六月二日被相続人丁の相続開始に係る相続税の更正のうち納付すべき税額九九〇〇万〇六〇〇円を超える部分及び過小申告加算税賦課決定処分を取り消す。

3  被控訴人が、控訴人乙に対し、平成七年六月三〇日付けでした、平成五年六月二日被相続人丁の相続開始に係る相続税の更正(ただし、平成八年一一月二七日付けの更正により一部取り消された後のもの)のうち納付すべき税額三二九八万二四〇〇円を超える部分及び過小申告加算税賦課決定処分(ただし、平成八年一一月二七日付けの賦課変更決定処分により一部取り消された後のもの)を取り消す。

4  被控訴人が、控訴人丙に対し、平成七年六月三〇日付けでした、平成五年六月二日被相続人丁の相続開始に係る相続税の更正のうち課税価格三億四二二五万五〇〇〇円、納付すべき税額一億二六九三万二〇〇〇円を超える部分及び過小申告加算税賦課決定処分を取り消す。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

原判決一七頁三行目及び同一八頁一三行目の各「別表1の順号17」をいずれも「別表1の順号11」と改める。

二  控訴人らの当審における主張

1  争点1(本件相続宅地の評価の適否)について

(一) 路線価が相続税における財産評価の際の時価として採用されてきたのは、それが実際の取引価格に比べてはるかに低かったからである。他方、税務当局は、客観的時価より低い路線価は、被相続人の取得価額が不分明な土地については適当な評価方式であるが、取得価額が明らかな場合には取得価額評価方式のほうが相続税法二二条の趣旨に合致すると考えていた。すなわち、税務当局は、被相続人が借入金で土地を購入し、その金額が明らかな場合等には、当該購入価額すなわち市場における現実の交換価格によって評価することが許されるとしていた(東京地裁平成四年三月一一日判決参照)。しかし地価バブルの発生により、路線価は公示地価とともに毎年引き上げられ、特に平成四年からは路線価が公示地価の八〇パーセントにまで引き上げられたため、路線価は地価水準の低下とは逆に上昇し、バブル崩壊後は実勢地価の低落に伴い路線価も引き下げられてきたものの、公示地価も路線価もその低下の速度は遅れて、高止まりする傾向があった。その結果、路線価水準では市場に売りに出しても売れない土地が続出した。そして、路線価と実勢地価との関係についての国会における質疑において、国税庁は、実勢地価が路線価を下回っていれば路線価にはこだわらず、相続税法二二条の「時価」は実勢地価に基づいて評価しても差し支えない旨答弁している。

(二) 原判決は、路線価が公示価格の八〇パーセントとなるように価額決定されているから、路線価によって算定することは不合理ではないとしているが、公示価格が客観的時価に近いというのは地価公示法の建前であって、実際の公示価格がバブルの発生期には地価上昇に追いつかず、バブル崩壊後は連年の下落に追いつかず高止まりするという業界の通説を無視している。また、できる限り高く売買取引をしたいと考える宅建業者の団体である東京都宅地建物取引業協会が発表している東京都地価図によれば、平成四年、五年の青葉台地区の公示地価は地価図による価格よりも二八パーセントないし二九パーセントも高いことが示されている。本件においては、控訴人らが示した青葉台地区の三取引事例によって、同地区の路線価が客観的時価を上回っていることが実証されたのであるから、個別の評価によるべきであり、路線価方式による評価に基づいて行われた本件各更正処分は違法である。

(三) 原判決は、控訴人らの引用する取引事例について、その特殊性による減価要因を指摘するが、財産評価通達の中には原判決の指摘する日照の程度を減価要因として補正する規定はない。

(四) 原判決は、Aの評価の方法が不合理であるとは認められないとするが、Aは、青葉台地区の取引事例を調査しておらず、全く不十分な鑑定評価である。また、本件においては、路線価ひいてはその基礎となる公示価格の水準がいずれも客観的時価の水準を上回っているとして本件土地の客観的時価を争っているのであるから、公示価格準拠義務を負っている不動産鑑定士に対して鑑定評価を依頼すること自体が公正ではない。本件における鑑定評価に最も期待するところは、取引事例地における路線価ひいては公示価格水準と取引事例価格が表す客観的時価の水準がどの程度の開差をもっているかという開差率にあるのであるから、これを全く示していないAの評価の方法は、不十分であり、不合理といわざるをえない。

2  争点2(理由附記)について

(一) 公正、透明な行政手続の確立を目指して、平成六年一一月から施行された行政手続法は、アメリカ合衆国憲法修正第五条及び修正第一四条の影響を受けて成立した我が国の憲法三一条の「適正手続条項」の趣旨を具体化したものである。したがって、「行政庁は、不利益処分をする場合には、その名あて人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない。」「不利益処分を書面でするときは、前二項の理由は、書面により示さなければならない。」という行政手続法第一四条の規定の適用を排除することは、憲法三一条の適正手続条項違反というべきである。すなわち、右行政手法の規定の適用を排除する通則法七四条の二の規定は、違憲無効の立法である。

(二) 原判決は、法律上青色申告に対する更正処分の場合には理由附記を義務づける明文の規定があるが、相続税の更正処分には理由附記を義務づける規定が存在しないとして、理由附記のない本件各更正処分を適法としている。しかし、青色申告の場合についてだけ理由附記が義務づけられているのは、昭和二五年いシャウプ税制改革が行われた際に、シャウプ税制使節団は納税者に更正決定の理由を通知することを強く勧告したが、当時税務行政の大混乱の時代であったために、右勧告を全面的に採用する自信がなかったために、青色申告者だけの特典として、いわば時限的な制度として採用されたという沿革によるものであるから、行政手続法の不利益処分の理由の提示制度の出現とともに、あらゆる申告納税制度に更正の理由附記が義務づけられたと解すべきである。

(三) また、昭和四五年に国税通則法が改正され、青色申告者以外の者に対する更正の理由は、異議決定書で開示されることとなった。しかし、本件相続税更正処分に関しては、平成七年一一月七日控訴人らに送付された「異議決定書謄本の送付書」の中でも、「更正の理由」が明確に開示されていない。すなわち、通則法二四条の規定によれば、税務署長は、申告書に記載された課税標準等又は税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていないときに初めてそれを更正できるのであるが、右異議決定書には、控訴人らが提出した納税申告書に記載された課税標準の計算等について全く調査せず、しかも、その計算等が税法違反である旨の指摘は全く存在せず、ただ、財産評価通達による路線価評価の慣行とAの鑑定評価の事実が記載されているだけであったから、本異議決定書は、原処分の理由の開示を命ずる通則法八四法五項の規定の要件を全く満たしていない。

3  争点3(修正申告のしょうよう)について

(一) 租税の賦課徴収は、憲法三〇条及び第八四条の規定による租税法律主義の原則に服し、通則法その他の法律の規定に基づいてのみ行政処分ないし行政行為を行うことが許されるのであるが、修正申告に関しては、「修正申告のしょうよう」という行政行為ないし行政指導に関する規定は、通則法はもちろん各税法の中に全く存在しないから、修正申告のしょうようは違法の行政行為である。

(二) この修正申告のしょうようは、課税当局の更正処分の負担及び国庫への歳入遅延を避けるため、課税当局と国庫の利益のために行われるものである。他方、納税者にとっては、しょうように応じて修正申告した後に誤りを発見しても修正申告自体には不服申立てができず、また、申告についての更正の請求は法定申告期限から一年以内にしかできないから、不服審査及び訴訟に関する重大な利益を失わせるものである。

(三) 控訴人らに対し、平成七年六月一三日に行われた修正申告のしょうように際しては、担当調査官は、Aの表紙を見せるだけで、開示せず、右鑑定において青葉台地区の取引事例が全く調査されていないにもかかわらず当然調査している旨虚偽の答弁をしているのであって、口頭で行う修正申告のしょうよう行為としても、あまりに不透明、不公正であり、租税法律主義にも反している。

(四) 以上述べたように、修正申告のしょうよう行為は、課税当局が更正処分による税務行政上の経済的、財政的損失を避けるために、更正処分に代える目的の行政行為であり、しかも、本件においては、修正申告のしょうように応じなければ直ちに更正処分を行う態勢の下に行われたものであるから、本件更正処分と一体として行われたというべきであり、修正申告のしょうように応じない場合にその直後に行われた本件各更正処分は、その行為の中に憲法違反の行為を含む処分として無効である。

4  争点4(通則法二四条違反の有無)について

(一) 相続税は申告納税方式に属する租税であり、納付すべき税額は納税者のする申告により確定することを原則とするものであり、税務署長が当該申告書に係わる課税標準等又は税額等を更正する場合は、通則法二四条の規定に従って、申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき、その他当該課税標準又は税額等が税務署長の調査したところと異なったときに限って行われるものである。

(二) しかも、右税務署長の調査は、納税者の申告により確定された納付すべき税額が課税要件の充足により成立する抽象的納税義務の内容たる納付すべき税額と一致しているかどうか、その他申告に係わる事項が正しいかどうかを判定するためのものであるから、更正処分前に控訴人らの納税申告書に記載された本件相続土地の評価方法について控訴人らに確認することもせず、控訴人らが申告の基礎とした取引事例地についての調査もしないで行われた本件各更正処分は、明らかに通則法一六条、二四条に違反する。

5  争点5(通則法六五条四項の正当な理由の存否等)について

(一) 原判決は、控訴人らが国税庁の国会答弁を実際の取引価格等に基づく評価額であれば、それが当然に相続税法二二条のいう時価として取り扱われるものと誤解して申告しているから、通則法六五条四項所定の正当な理由はないとするが、控訴人らは、本件宅地はもとより、近傍類地について、民間精通者である斡旋業者、東京都宅地建物取引業協会、友人の不動産鑑定士等に評価額を諮問していて、東京都宅地建物取引業協会からは、実勢価格は公示地価の七二パーセントであるという情報を得るとともに、公示地価と時価との関係については早くから証拠により公示価格の高止まり説を主張してきたのみならず、右各情報により、青葉台地区の路線価の水準が実際の取引価格を上回る率を若干引き下げる等の調整を行ったものである。したがって、控訴人らの申告した評価額は、実際取引価格のみを基準にして評価したものではないから、国税庁の国会答弁を誤解したものではない。控訴人らがした申告は右のような調査の上でされたものであり、かかる納税者に過少申告加算税を課すことは、不当もしくは過酷であり、通則法六五条四項所定の正当な理由がある場合に該当するというべきである。

(二) 証拠(甲七)によれば、相続税の申告に当たっては、いかなる場合でも路線価等に基づいて申告しなければならないものではなく、課税庁内部において、路線価等に基づく評価額での申告等でなければ受け付けないなどということのないように留意するようにとの事務連絡が行われているところ、右事務連絡は、相続土地の具体的な評価方法については納税者の社会常識的な評価にゆだね、ただ、路線価等に基づく評価額を下回る価額で申告等があった場合には、事後にその申告額が相続税法上の時価として適切であるか否かについて適正な判断を行うこととしているものである。控訴人らは、申告前に目黒税務署を訪れて、申告相談を行ったが、売買実例価格の開示は守秘義務の関係でできないとして、相談に応じてもらえなかった。また、路線価によらず取引事例価格で評価申告を行うと過少申告加算税が付加されることがあるという注意説明もなかった。控訴人らの相続税申告には、相続税法上の時価として適切であるか否かについての判断事項に反するものは見当たらない。このような確定申告について結果として被控訴人の認定した課税標準等と異なっていたからとして、本件各賦課決定処分を行うことは、禁反言の原則に違反する。

三  被控訴人の反論

1  争点1(本件相続宅地の評価の適否)について

(一) 公示価格は、毎年一回標準地の正常な価格を公示することにより、一般の土地の取引価格に対して信用度の高い指標を提供し、公共事業用地の取得価格の算定の基礎を与え、適正な地価の形成に寄与することを目的として公示されるものであり(地価公示法一条)、その目的のために土地鑑定委員会は、ひとつの標準地に対して二人以上の不動産鑑定士又は不動産鑑定士補の鑑定評価を求め、その結果を審査し、必要な調整を行って、一定の基準日における当該標準地の単位面積当たりの正常な価格を判定してこれを公示するものとしているのであって(同法二条一項)、不動産鑑定士又は不動産鑑定士補が標準地の鑑定評価を行う際には、総理府令で定めるところにより、近傍類地の地代等から算定される推定の価格及び同等の効用を有する土地の造成に要する推定の費用の額を勘案してこれを行わなければならないものとされ(同法四条)、さらに、右総理府令たる標準地の鑑定評価の基準に関する省令において詳細にその鑑定評価方法を定めていることにかんがみれば、そのようにして評定された公示価格は標準地の正常な価格(同法二条二項)を適正に表したものということができ、したがって、土地の客観的時価を求めるに当たり公示価格を基準とすることは極めて合理的であるといえる。

(二) 控訴人らは、できる限り高く売買取引をしたいと考える東京都宅地建物取引業協会の作成する東京都地価図が考え得る最高値を記載しているとの前提に立ち、それを上回る公示価格が時価を反映したものとはいえない旨主張するが、宅建業者が売主側一辺倒の立場で高く売り付けることのみに拘泥すれば買手がつかず取引が成立しない可能性が高いのであり、それでは仲介報酬を得るという本来の目的を達し得なくなるのであるから、東京都地価図記載の価格が最高値を記載したものであるとはいえない。

(三) 控訴人らは、地価公示法上、不動産鑑定士が都市計画区域内の土地について鑑定評価を行う場合において、当該土地の正常な価格を求めるときは公示価格を基準としなければならないとされていることから、Aの評価が更正でない旨主張する。しかし、「公示価格を基準とする」とは、対象土地の価格を求めるに際して、当該対象土地とこれに類似する利用価値を有すると認められる一又は二以上の標準地との位置、地積、環境等の土地の客観的価値に作用する要因についての比較を行い、その結果に基づき、当該公示価格と当該対象土地の価格との間に均衡を保たせることを要請しているものであり、具体的には、公示価格について時点修正、標準化補正を行い、さらに、対象地との地域要因及び個別的要因の比較を行い、対象地について公示価格を基準とした価格を求め、他方対象地の土地価格については、取引事例比較法に基づく比準価格、収益還元法に基づく収益価格等を関連づけて評価額を決定することにより、その両価格間に大きな開差が生じないように均衡を保たせるとの趣旨である。しかして、右趣旨を踏まえてAの評価内容を見ると、同一需給圏の類似地域に存する取引事例を引用しつつ、取引事例比較法による比準価格を求め、また、土地残余法に基づく収益価格を求めて、これらを関連づけ、さらに、正常価格として極めて信用度の高い地価公示価格との均衡を図りながら鑑定評価額を決定しているのであるから、Aは、地価公示法八条に従って正しく行われた適正な評価方法によるものであることが明らかである。さらに、被控訴人が右鑑定評価を依頼するに当たり、路線価を維持できる内容の鑑定評価をしてもらいたい等の要請をした事実はない。

(四) 控訴人らは、土地の取得価額を客観的時価とした裁判例を引用するが、これは、納税者が土地の実勢価格と評価通達による評価額との間に過大な乖離があったことを奇貨として多額の相続税を免れようとした事例において、租税負担の公平という観点から、評価通達によらないことが相当と認められる特別の事情が存するとして、市場における現実の交換価値で評価することが許されるとされたものであって、単に取引価格さえあれば直ちに評価通達に置き換えて評価できる旨を判示したものではない。

(五) 控訴人らは、国会において国税庁は「路線価にはこだわらない」と明言しているから「実勢価格によって差し支えない」旨主張するが、右国会答弁は、実際の取引価格等に基づく評価額であれば、それがいかなる取引内容であったかにかかわらずそのまま直ちに時価として評価する趣旨を述べたものではない。また、控訴人らは控訴人らの挙げる取引事例が示す価格が公示価格等と同程度に客観的時価として信用性があるとの前提に立って主張するが、いずれの価格も原判決の指摘するような問題点があり、これらは右国会答弁中にある「異常値」のひとつというべきであるから、右各価額をそのまま公示価格等と同程度に精度あるものと位置づけることはできない。

2  争点2(理由附記)について

通則法七四条の二第一項が、国税に関する法律に基づき行われる処分等については、行政手続法第二章及び第三章の規定を適用しないこととしたのは、国税に関する処分等の持つ性格やそこから生ずる要請に由来するものであり、その上で、相続税法には相続税の更正通知書に理由を附記すべき旨を定めた規定を置いていないのであるから、本件各更正処分に理由附記がないとしても何ら違法ではなく、また、憲法三一条が、行政上の不利益処分である更正処分に理由を附記すべきことを要請した規定と解されないことは詳論するまでもない。

3  争点3(修正申告のしょうよう)について

修正申告のしょうようは、法律上の根拠を要するものではなく、また、それ自体何らかの法律上の効果を伴うものでもなく、控訴人らの権利または義務に直接何ら具体的な影響を及ぼすものでもない。したがって、修正申告のしょうようがあったとしても、何ら本件各更正処分が違法となるものではない。

4  争点4(通則法二四条違反の有無)について

通則法二四条に規定する調査とは、課税標準等又は税額等を確認するに至る一連の判断過程の一切を意味するものであり、その調査の範囲、程度及び手続などは課税庁の広い裁量に委ねられていると解される。そもそも、本件においては、原処分の調査段階において塩崎税理士が国会答弁等の存在を理由に、路線価によらないで評価した控訴人らの申告額が適正なものである旨強く主張するので、被控訴人は、あえて鑑定を行い、路線価による本件宅地の評価が相続税法二二条に違反しないものと判断した上で本件各更正処分を行ったものである。しかるに、かかる調査が通則法二四条に規定する調査になりえないとする控訴人らの主張は、Aに甲取引事例に関する記載がないから、あるいは、甲取引事例地の現地を被控訴人が調査していないから同法に規定する調査を行ったものとはならないというものであって、同法の規定する調査の趣旨を曲解し、自らの意に沿った調査がされない限り、調査とは認めないと主張する以外の何ものでもなく、失当である。

5  争点5(通則法六五条四項の正当な理由の存否等)について

通則法六五条四項にいう正当な理由とは、当該申告が過少となった事由が真にやむをえない理由による場合を意味するものと解すべきところ、そもそも申告納税制度の趣旨に照らせば、控訴人らにおいて、相続税法二二条を正しく解釈し、当初から適正な申告をすべきであったところ、控訴人らは本件相続土地の時価が公示価格はもとより路線価の水準を下回るものと独自に判断し、独自の計算に基づいて相続税法二二条に反する価額で申告をしたというにすぎないのであるから、控訴人らのした申告には、過少申告について真にやむをえない理由があったとはいえず、かかる申告をした控訴人らに過少申告加算税を賦課することが不当又は過酷になる事情は存在しない。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人らの本件請求はいずれも理由がないので棄却すべきものと判断するが、その理由は、原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

なお、事案にかんがみ、以下控訴人らの当審における主張について検討することとする。

1  争点1(本件相続宅地の評価の適否)について

(一)  控訴人らは、バブル崩壊後は公示価格も路線価も実勢価格に比して高止まりする傾向があり、できる限り高く売買取引を成立させたいと考える宅建業者の団体である東京都宅地建物取引業協会が発表している東京都地価図と比較しても、青葉台地区の公示地価はこれを二八ないし二九パーセントも上回っている旨、及び、国税庁は国会における質疑において実勢価格が路線価を下回る場合には実勢価格によって差し支えない旨を答弁しているところ、青葉台地区における取引事例によれば路線価が客観的時価を上回っていることが明らかである旨主張して、個別の評価に基づいてした控訴人らの申告を、路線価による評価に基づいて更正した本件各更正処分は違法であると主張する。

しかしながら、公示価格は、標準地の正常な価格を公示することにより、一般の土地の取引価格に対して信用度の高い指標を提供し、公共事業用地の取得価格の算定の基礎を与え、適正な地価の形成に寄与することを目的として、二人以上の不動産鑑定士または不動産鑑定士補が法令に定められた方法で行った標準地についての鑑定評価に基づいて、土地鑑定委員会が判定、公示しているものであるから、標準地の正常な価格を適正に表したものということができるし、路線価は、売買実例価格、公示価格、精通者意見価格等を基としてその路線に面する標準的画地の価額として国税局長が評定するものとされ、最近においては原則として公示価格の八〇パーセントとなるよう価額決定されているものであるから、相続税の取得財産の価格評価に当たり、相続税法二二条にいう時価を示すものとして右路線価を用いることは適法であり、租税負担の公平と効率的な税務行政の遂行という観点からも合理性があるものというべきである。これに加えて、株式会社Aが行った鑑定評価によれば、本件宅地の相続開始時における時価は一平方メートル当たり一四〇万円であり、路線価方式による本件宅地の評価額である一平方メートル当たり一三七万円を上回っているのであるから、被控訴人が本件各更正処分を行うに当たって本件相続宅地の時価を路線価方式により算定したことは相当であり、本件各更正処分における本件相続宅地の評価には何ら違法な点はないものというべきである。

控訴人らは、東京都宅地建物取引業協会が発表している東京都地価図によっても、青葉台地区における取引事例によっても、公示価格が青葉台地区の時価を上回っている旨主張するが、その算出の根拠も明らかにされていない東京都地価図におる価格が控訴人らの主張するように本件相続宅地の時価を適正に反映しているものとはにわかに認められず、また、控訴人らの主張する青葉台地区における取引事例は、いずれも地形、隣地との境界の状況、日照条件等に問題のあるもの(甲取引事例、乙取引事例)であるか、その取引の経緯に照らして当該取引価格が自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる客観的な時価を反映しているといえるか疑問のあるもの(丙取引事例)であるから、いずれも右判断を左右するものではないというべきである。

さらに、控訴人らは、財産評価通達中に日照の程度を減価要因として補正する規定がないことを根拠として、取引事例の日照条件に言及した原判決を論難するが、原判決は、控訴人らが主張する青葉台地区における取引事例の取引価格について、それが客観的時価を反映したものといえるかどうかを検討するに際して日照条件等を考慮しているのであるから、右批判は的外れというほかない。また、控訴人らは、Aについて、それが青葉台地区における取引事例を調査しておらず、公示価格水準と取引事例価格が表す客観的時価の水準の開差率を示していないから不十分、不合理である旨主張するが、Aは、本件宅地について、その存する地域、土地の個別的要因、地価の動向、目黒区内の取引事例、収益価格、公示価格等の諸条件を考慮した上でその相続開始時における時価を決定しており、その方法、内容にこれを不相当とすべき点は見出せないから、控訴人らの主張は採用することができない。

2  争点2(理由附記)について

控訴人らは、被控訴人は、行政手続法一四条の規定に基づき本件各更正処分にその理由を示すべきであるのにこれを怠っており、国税に関する法律に基づき行われる処分等に行政手続法の規定を適用しないとする通則法七四条の二第一項の規定は、憲法三一条の適正手続条項に違反する旨主張する。

よって検討するに、行政手続法一四条が行政庁が不利益処分をする場合にはその名あて人に対し処分の理由を示さなければならない旨を規定しているのは、不利益処分が名あて人に義務を課し、又はその権利を制限するものであることにかんがみ、行政庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解されるが、そのことから直ちに、憲法三一条が、法律の規定がない場合であっても当然に、全ての不利益処分に右の意味での処分理由の提示を保障しているものと解することはできないから、国税に関する法律に基づき行われる処分等に行政手続法第二章及び第三章の規定を適用しないこととしている通則法七四条の二第一項の規定が憲法三一条に違反するとの控訴人らの主張は採用することができない。

なお、控訴人らは、本件異議決定においても更正処分の適正な理由が示されていないと主張するが、右主張は更正処分の違法事由に当たらないから失当である。

3  争点3(修正申告のしょうよう)について

控訴人らは、修正申告のしょうようという行政行為ないし行政指導に関する規定は法律上存在しないから、本件における修正申告のしょうようは租税法律主義に反し、違法であり、また、それに応じない場合に直ちに行われる更正処分と一体をなすものであるとして、本件各更正処分も違法となる旨主張する。

しかしながら、相手方の任意の協力によってのみ実現される行政指導にこれをなしうる旨を定めた法律上の規定を要するものでないことは多言を要しないところであり、その他本件において目黒税務署担当官が控訴人らに対して行った修正申告のしょうようが、当該行政庁の任務又は所掌事務を逸脱するなど、違法に行われたとすべき事情は見出されないから、控訴人らの主張は理由がない。

4  争点4(通則法二四条違反の有無)について

控訴人らは、更正処分前に控訴人らの納税申告書に記載された本件相続土地の評価方法について納税者に対して質問せず、控訴人らが申告の基礎とした取引事例地についても全く調査することもしないで行われた本件各更正処分は通則法一六条、二四条に違反する旨主張する。

しかしながら、本件においては、控訴人らが本件相続宅地について路線価より低い評価額に基づく申告を行ったので、被控訴人において株式会社Aに本件宅地の鑑定を依頼し、その鑑定評価額をも勘案した上で、本件相続宅地を路線価によって評価することが相続税法二二条に違反するものではないと判断して行われたことが認められるから、本件各更正処分が国税通則法一六条、二四条に違反するものではないというべきであり、この点についての控訴人の主張も理由がない。

5  争点5(通則法六五条四項の正当な理由の存否等)について

控訴人らは、本件相続宅地はもとより、近傍類地について、民間精通者、東京都宅地建物取引業協会、不動産鑑定士等に評価額を尋ね、それによって得られた情報に基づいて申告したものであり、結果的に過少申告となったとしても、通則法六五条四項所定の正当な理由に該当する旨、及び、控訴人主張のとおりの国会答弁があること、課税庁内部において、路線価等に基づく評価額での申告等でなければ相続税の申告を受け付けないなどということのないように留意するようにとの事務連絡が行われていること、控訴人らは、申告前に目黒税務署を訪れて、申告相談を行ったが、売買実例価格の開示は守秘義務の関係でできないとして、相談に応じてもらえなかった上、路線価によらず取引事例価格で評価申告を行うと過少申告加算税が付加されることがあるという注意説明もなかったことを主張して、本件各賦課決定処分を行うことは禁反言の原則に違反する旨主張する。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、控訴人らが公示価格及び路線価を大幅に下回る甲取引事例等を主たる根拠として、これら取引事例が青葉台地区に存する土地の時価を示すものとの理解の下に、右事例等に基づいて本件宅地の時価を算定して申告したことが認められるところ、このような場合が通則法六五条四項にいう正当な理由があると認められる場合に該当しないことは明らかというべきである。その他、控訴人らの主張する国会における国税庁政府委員の答弁、課税庁内部の事務連絡、申告相談の際の経緯等に照らしても、本件各賦課決定処分が禁反言の原則に違反して許されないとすべき理由は見出せないから、この点についての控訴人らの主張は採用することができない。

第四結論

以上の次第で、控訴人らの本件請求はいずれも棄却すべきであって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森脇勝 裁判官 池田克俊 裁判官 藤下健)

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